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ドッジボール。

2026/1/30

今週も残り2日となり、1月も明日で終わりとなります。
先日、新しい年が始まったと思ったら、あっという間にひと月が過ぎようとしています。
光陰矢の如し。
一日単位でもそう感じるのですから、これが一年単位となると時間が過ぎる早さを実感します。
それだけ年をとったということでしょうか(涙)

毎週金曜日の6時間目はLHRとなっています。
各クラス思い思いに時間を使いながら、それぞれ有意義な時間を過ごしています。
教室の様子を見ようと校内を散歩していると、体育館の方からにぎやかな声が聞こえてきました。
何をしているのかと覗きにいったところ、1年生が走り回っていました。
近くにいた担任の先生に声をかけてみたところ、特進コースの1年8組と9組が合同レクとしてドッジボールをしているとのことでした。
クラス単独でのレクとは異なり、他クラスとの対抗戦となると大いに盛り上がるものです。
あちこちでボールと歓声が飛び交い、ボールをぶつけられないように逃げ回っていました。
体育や部活動で身体を動かすことはあっても、レクのような運動を楽しむ機会は限られているようです。
勉強とのメリハリをつける意味でも、クラスの団結を深める意味でも、こうした時間はとても大切なのです。

ドッジボールは私が子どものころもよくやりましたが、改めてその起源について調べてみました。
ドッジボールの発祥はイギリスという説もありますが、現在親しまれているドッジボールの原型は1900年~1940年頃のアメリカにあります。
この頃のドッジボールは「デッドボール」と呼ばれ、円形のコートに攻撃組と防御組の2組に別れて競い合うゲームだったそうです。
攻撃側の選手はボールを防御側の選手に当てて、これをデッドとしました。
この際、防御側にはキャッチすることが認められておらず、飛んでくるボールから身をかわして逃げるだけでした。

初めて日本に紹介されたのは1909年(明治42年)、当時の名称は「円形デッドボール」でした。
1913年(大正2年)、東京府体育委員会(当時)から公布された「学校体操教授要項」の中では、競争を主とする遊戯として取り上げられています。
それは、当時の数少ない遊戯の中で最も子どもたちに親しまれたものだったようです。
その後、1917年(大正6年)に東京女子高等師範学校(現在のお茶の水女子大学)の永井道明教授により、初めて四角いコートが紹介されました。
1926年(大正15年)、ヨーロッパ留学から帰国した東京高等師範学校(現在の筑波大学)の大谷武一教授により「ドッジボール」(ドッジ=DODGEとは身をかわすという意味)と改名され、それまでの「円形デッドボール」は「方形ドッジボール」と名称が変わりました。同時に競技をより積極的に行うために、内野がボールをキャッチできるようになりました。
その後、「円形デッドボール」と呼ばれていた遊戯は「ドッジボール」として広まり、現在までに様々な形式のドッジボールが考案され、地域独特のルールなども生まれ、子供から大人まで幅広く親しまれています。
(参照:日本ドッジボール協会ホームページ)

今回調べてみて、ドッジボールの歴史について初めて知ることができました。
子どものころから親しんできた身近なスポーツですが、国際大会も行われるほどのスポーツであることも知りました。
そして、何よりも大勢が簡単に楽しめて、とても盛り上がるスポーツです。
元気に走り回る生徒たちの姿を見て、こちらも童心に帰ることができました。
楽しい時間をありがとうございました。

BE SHOHEI
明日もいい日になりますように!

 

 

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